どんどん気分が落ち込んでいく感じがするので、なんとか気持ちを切り替えなければ。
そうだ、一カ月後の国王陛下の生誕祭後に隣国との共同軍事演習がある。 その遠征に参加しよう。遠征には20日ほど城を留守にするので閣下に会う事もないし、違う土地や環境に身を置けば考えも切り替わるはず。 善は急げと思い、すぐに申請したのだった。 お父様にはとても驚かれ、その日に了承はしてくださらなかったけど、国王陛下の生誕祭が終わった後に決めると仰ってくださった。 生誕祭は国王陛下がお生まれになった誕生日にあたる日に王宮では祝賀パーティーが開かれ、国をあげて祝福ムードに包まれる日だ。 お父様もその準備に追われ、忙しいのだろう。普段なら夜会の類は出席しない私でも、このイベントには出席しないわけにはいかない。
それが終わったら……騎士として遠征に行けるかもしれない。 いつもはそういった類のものはお母様の反対もあって行かせてもらえないのだけど、私ももう21歳だし許可してもいいと思い始めてくれたのなら嬉しい事だ。 生誕祭も夜会服は嫌いだから騎士団の服を着て王宮の警護にでもあたろうかなと思っていたのに、お母様にひと際煌びやかなドレスを用意されて泣きつかれたので、着ないわけにはいかなくなってしまうのだった。~・~・~・~・~
お母様が用意してくださったドレスは薄い水色のグラデーションカラーで、背の高い私でも似合うようなマーメイド型のドレスライン……腕の部分はオフショルダーになっていて、ロンググローブと併せるととても大人っぽい雰囲気にしてくれる。
極力ビジューはおさえていて、派手になりすぎないように配慮されているかのようなドレスだった。
ほとんどドレスを着る事のない私にとって、自分の為に用意されたかのようなドレスに気持ちが上がっていくのが分かる。 私にも女性らしく着飾って喜ぶ日がくるなんて思わなかった。 これなら閣下も子供枠には入れないはず…………そんな事を思ったところで我に返る。子供枠に入れられたっていいじゃない、あの人が誰と何をしていても関係ないし、どう思われていようと気にする必要はない。
結局あの後から閣下がオーランドルフ城を訪ねて来る事はなかったし、顔を合わせていない。このまま閣下が辺境伯領に来なければ私は遠征に出て関わり合う事もなくなっていくのだから……と思考が乱されそうになるのを誤魔化しながら、この日はお兄様にエスコートされて馬車に乗り込み、祝賀パーティーに出発するのだった。
私に負けじと劣らず異性と縁がないお兄様は、26歳にもなってまだ婚約者がいない状況にも関わらず、本人もお父様が健在だからか全く急いでいない様子なので、夜会に行く時は私をパートナーとして出席している事が多い。 兄妹揃ってのんびりしている私たちをお母様はヤキモキしながら見ているに違いない。 今日のドレスにもお母様の気合を感じるのは気のせいだろうか。王宮に着くと祝賀パーティーが行われるホールに案内され、そこにはすでに沢山の貴族達が集まっていた。
その中にひと際大きな人だかりが出来ているところがあって、私が何かと思っているとお兄様が「アルフレッドだよ」と説明してくれた。
「このような場所で初めて見ましたけど、こんなに人気のあるお方なのですね……」「凄いだろ?本人はあまり人に囲まれるのが好きじゃないから夜会の類にはほとんど出席しないんだけど、今日はさすがに来ないわけにはいかないからね」
人に囲まれるのが好きじゃない?あんなに人との距離感が近くて囲まれるのが好きじゃないというのは、どういう事なのだろう。それにしても本当に人気があるのね、少しも近寄る事が出来ない。
これだけ人気があるのだもの、そりゃ私なんてお子様枠よね。この中に閣下と距離が近い方がいるのだろうか、と考えるとまたモヤがかかる感じがしたので思考を変えようと辺りを見回す。
何気なく周りを見回していたのに、ちょっとした隙間から閣下と目が合ってしまい、周りの女性達の視線が怖いので思わず目を逸らしてしまうのだった。 バレてない、わよね? 何故だか私の方がイケナイ事をしてしまった気分になっていると、お兄様の友人と思われる人達が私達の元へやってきて談笑する事になった。 「リヒャルトの妹君?初めまして、私は――――」 「抜け駆けするなよ、初めまして――」 次々と自己紹介をされて面を食らっていると、お兄様が助け舟を出してくれる。 「おいおい、シャルロッテがびっくりしているだろ」「だってリヒャルトがなかなか紹介してくれないから……」
なんだか雲行きが怪しくなってきたので、ここは平和に話を進めなければと私から自己紹介をする事にした。 「申し訳ございません、驚いてしまって。お初にお目にかかります、妹のシャルロッテ・オーランドルフと申します。いつもお兄様と仲良くしてくださって、ありがとうございます」いつもなら騎士としてビシッと敬礼をしながら自己紹介をするところだけど、今日は夜会という事もあり、淑女としてカーテシーをしながら何とか笑顔を作って挨拶した…………つもりだったんだけど、大丈夫かしら。
お兄様の方を見ると、なんだか笑いをこらえている感じだわ……せっかく淑女としての挨拶をキメてみたのに。
私が不満げな顔でお兄様の方を見ていると、お兄様のご友人方から次々とダンスの誘いを受ける事になったのだった。 「私と一曲ダンスを踊っていただけないでしょうか?」「いや、私と――――」
あまりに性急なお誘いに驚きつつも、私とダンスを踊りたいと言ってくださる方に失礼がないように「じゃあ、お一人ずつ一曲なら」と提案したのだった。こんな大勢がいる場で揉めるわけにはいかないし、だからといってダラダラ踊るのも嫌なので、それが最善だと思われた。
「大丈夫か?無理しなくていいんだぞ」 「お兄様が心配なさるなんて、雨でも降りそうですね。大丈夫です、体力には自信がありますし」「そういう問題じゃ……とにかく何かあればすぐに戻ってくるように」
「?……分かりました」
何かあれば、というのはどういう意味だろう?
少し疑問に思いながらも早くダンスを終わらせてしまいたくて、ご友人の一人とダンスフロアに行く事にしたのだった。
辺りを見回してみたけどダンスフロアにはまだ閣下はいないようね……その事実にホッとしている自分がいる。
彼が誰と踊っていても私には関係ない。
なるべく目の前の男性に集中しよう、それが礼儀というものだと自分に言い聞かせ、ダンスの為に向き合った。
お兄様のご友人の一人である目の前の男性は伯爵令息のシュヴァリエ卿で、銀色の髪を後ろに流していて、ヒールを履いている私よりも背が高く、踊りも上手で楽しく踊る事が出来た。 私達が踊り始めるとホールがざわついたような気がしたけれど、そんな事も気にならないくらい、踊るのは楽しかった。やっぱり体を動かすのは楽しい。
つい気持ち良くなって、大胆に踊っている自分がいる。シュヴァリエ卿のリードも上手で、この方は我がオーランドルフ騎士団にスカウトしたいくらい身のこなしがスマートだから、きっと日頃から体を鍛えているに違いないと感じた。
一曲だけという約束だったので終わろうとすると「もう一曲いかがですか?とても楽しい時間でしたので」と誘われてしまう。 一人一曲ずつと決めていたので断ろうとすると、シュヴァリエ卿の肩をトントンと叩く人影が見える。 シュヴァリエ卿が振り向くと、そこにはカレフスキー公爵が見た事のないような笑顔で立っていたのだった。「でも、他の人とも距離が近いとお兄様に言われていたではありませんか。私じゃなくても――」 「それは心を許した者にだけって事だよ」 「でも、私の”匂い”が好きだから、そう感じるのではないですか?」 「確かに君の匂いはとても好きだ。ずっとこの匂いに包まれていたいと思うほどに……」 そう言って私を抱き寄せて頭にキスをしてくる。嬉しいと思う反面、やっぱり私の”匂い”が好きなのだと思うと私自身を好きでいてくれていたわけではないという事が、なぜだかとても悲しい気持ちになる。 そこまで考えてようやく自分の気持ちに気付いてしまった……私はアルフレッド様が好きなのだと。 今まで匂いに執着されていると思っていたし、他の人とも距離が近くて自分だけではなかったのだと気付き、心にモヤモヤしたものがあった為、深入りしたくなくて気持ちを閉ざしていた。 それに私自身、恋愛など縁がなく、こんな気持ちを男性に抱いた事などない。 つまり初恋なのだ。 その初恋の人にこうやって抱き寄せられてキスをされるのはとても幸福な事なのに、その相手は自分の匂いが好きだと言うのだから、堪らない気持ちになってしまうというものだ。 「では、私の匂い以上にもっと好きになれる匂いの女性を探してくださればいいのです」 自分でそう言っておきながら苦しくて顔を上げられない、今上げたら涙が出てしまう。 他の女性のところにいってしまう事も嫌なのに、私自身を好きではない人と結ばれる気持ちにもなれないなんて、矛盾だらけもいいところだ。 「違うよ、シャルル。匂いが好きになったのは後の事で、本当は修練場で汗を流す君に一目惚れしたのが先なんだ」 「え?」 「真っすぐな目をしてひたすら己を磨き上げている君が美しくて仕方なかった。汗を流して、毎回見るたびに騎士として誇りを持って鍛錬している姿に釘付けだったんだよ」 「……毎回?」 「そう、毎回……まだ父上が亡くなって間もない頃、当主として右も左も分からない状態だった私は途方に暮れていた。君のお父上やリヒャルトに助けてもらいながら何とかやっていたんだけど、オーランドルフ城に来るといつも修練場で一生懸命汗を流している女性を見かけては陰からこっそり見ていたんだ。前だけを見つめている君はとても眩しくて……」 確かにアルフレッド様が公爵家の当主になって城にやってきて
「閣下……どうして」 あの人混みから解放されていたとは驚いたわ。そして私のところに来た事も……何となく閣下の笑顔が胡散臭いような感じがするのは気のせい? 「君が気持ち良さそうに踊っているから、私も一曲お願いしようと思って。シュヴァリエ卿、次は私に譲ってもらってもいいかい?」 「あ…………は、はい」 さすがに公爵閣下からの申し出にはシュヴァリエ卿もその場を辞するしかなかったみたいで、すぐに引き下がっていった。 ちょっと拍子抜けした自分がいる。 あれほど私と踊りたいと言っていたのに公爵に声をかけられると、途端に引いていくとは。 閣下の周りにはあれほどの人が集まり、地位も、美貌も手に入れているのに対して私は――――途端に自分に対して腹立たしいような悔しいような気持ちが湧いてくる。 私が惨めな気持ちでいる事など全く気付いていない閣下は、ダンスの為に自然な所作で手を差し出してきたので、ひとまずこの場は自分の手を乗せ、反対の手を彼の肩に置いてゆっくりと踊り始めたのだった。 踊りながらも夜会にきてからの様々な事が頭を離れない。 悔しい、私には騎士団の隊長以外、何もない。 元来負けず嫌いな性格も相まって、全てにおいて閣下に勝てるところがない自分に対してイライラしているのが分かる。 でもそんな自分を悟られたくない……可愛げが無さ過ぎて笑えてくる。 子供扱いしかされないのも納得だ、言いがかりもいいところだし、こんな事なら夜会など来るものではなかった。 ずっと下を向いて踊っていた私に対して、自然に上を向くように閣下がダンスをリードしていく。 目が合いドキリとしたかと思うと、気付けばこうやって体がピッタリとくっついていて、意外と胸板が厚い事や背の高い私が覆われてしまうくらい彼が大きくて安心感があったり、色々な事に気が付いて心臓がうるさい。 「先ほどは助かりました。あ、ありがとうございます」 顔に熱が集まっているのを誤魔化すように、何とか先ほどのお礼を述べて会話を探した。変じゃないわよね、普通に喋れているわよね。 「一番最初のダンスは私が君と踊りたかったのに……何で挨拶に来てくれなかったの?」 「え、でも女性に囲まれて近づけるような雰囲気ではなかったので、不可抗力ではないでしょうか」 「……それで他の男と踊って
あれから、どうにも落ち着かない自分の気持ちを整理する為に毎日夢中で剣を振り続けたけれど、何となく調子が良くない気がして、剣にもそれが影響している感じがする。 どんどん気分が落ち込んでいく感じがするので、なんとか気持ちを切り替えなければ。 そうだ、一カ月後の国王陛下の生誕祭後に隣国との共同軍事演習がある。 その遠征に参加しよう。遠征には20日ほど城を留守にするので閣下に会う事もないし、違う土地や環境に身を置けば考えも切り替わるはず。 善は急げと思い、すぐに申請したのだった。 お父様にはとても驚かれ、その日に了承はしてくださらなかったけど、国王陛下の生誕祭が終わった後に決めると仰ってくださった。 生誕祭は国王陛下がお生まれになった誕生日にあたる日に王宮では祝賀パーティーが開かれ、国をあげて祝福ムードに包まれる日だ。 お父様もその準備に追われ、忙しいのだろう。 普段なら夜会の類は出席しない私でも、このイベントには出席しないわけにはいかない。 それが終わったら……騎士として遠征に行けるかもしれない。 いつもはそういった類のものはお母様の反対もあって行かせてもらえないのだけど、私ももう21歳だし許可してもいいと思い始めてくれたのなら嬉しい事だ。 生誕祭も夜会服は嫌いだから騎士団の服を着て王宮の警護にでもあたろうかなと思っていたのに、お母様にひと際煌びやかなドレスを用意されて泣きつかれたので、着ないわけにはいかなくなってしまうのだった。 ~・~・~・~・~ お母様が用意してくださったドレスは薄い水色のグラデーションカラーで、背の高い私でも似合うようなマーメイド型のドレスライン……腕の部分はオフショルダーになっていて、ロンググローブと併せるととても大人っぽい雰囲気にしてくれる。 極力ビジューはおさえていて、派手になりすぎないように配慮されているかのようなドレスだった。 ほとんどドレスを着る事のない私にとって、自分の為に用意されたかのようなドレスに気持ちが上がっていくのが分かる。 私にも女性らしく着飾って喜ぶ日がくるなんて思わなかった。 これなら閣下も子供枠には入れないはず…………そんな事を思ったところで我に返る。 子供枠に入れられたっていいじゃない、あの人が誰と何をして
どうしてこんな事になっているのだろうか―――― 国王陛下の生誕祭に来ていたはずなのに。 兄の親友とこんな事になるなんて、想像もしていなかった。 室内には互いの肌と肌がぶつかり合う音、甘い嬌声、淫らな水音が響き渡る。 大きなガラス窓には自分の蕩けきった顔が映し出され、口からはだらしなく涎を垂れ流し、彼から与えられる快楽に溺れ切っている自分がいた。 甘い吐息と彼の囁きで脳内はすでに思考を停止してしまっている。 そんな私に対しておかまいなしに彼からの底なしの愛が刻まれていく。 「もう、私から離れるなんて、言わない?」 「は、ぁ、ぁうっ……いわな、ぃぃ……あっ、あぁっ」 「絶対だよ……離れるなんて、許さない……!」 彼に腰を摑まれながら激しく打ち付けられ、責め立てられて、もはや懇願するしかなかった。 「あ、あ、あぁっフレド、さまぁ……なんか、キちゃうっ…………おかしく、なる、からっ……もう、ゆるして、あぁぁっ!!」 「シャーリー……シャーリー…………私の可愛い人、愛してるっ…………全部受け止めて…………~~~っ!」 その後まもなく意識を手放した私は、深い眠りに落ちていったのだった。 ~・~・~・~・~・~ 国王陛下の生誕祭より1か月前。 ――――オーランドルフ城内・修練場―――― 「いいぞ、シャルロッテ!そのまま斬り込んでこい!」 「や――!!」 ――――ガギィィィィィインッッ―――― 修練場に剣と剣のぶつかり合う音が響き渡った。 ここ、オーランドルフ辺境伯領には独立した騎士団がある。 長として束ねるのは私の父であるオーランドルフ辺境伯、兄のリヒャルトが第一騎士団隊長を務め、娘である私シャルロッテが第二騎士団の隊長を務めていた。 今日は久しぶりにお兄様が休みで手合わせをしてくれると仰ってくれたので、オレンジブラウンの長い髪は高く結い上げ、相手をしてもらいながら汗を流していた。 お兄様も私と同じくオレンジブラウンの短い髪で、女性としては背が高い私より一回りも背が高く、胸板が厚い。 見るからに強靭な肉体を持った男性といった感じだ。 そして私たちの周りをオーランドルフ騎士団の面々が、固唾を飲んで見守っている。 この修練場ではよく見る日常……